羊の群れを見る
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しばらく忘れてた。存在さえ忘れてたというのに、一口食べた途端、思い出す。
昔よく食べた味。
記憶喪失を呼び覚ます・・・何かのきっかけって、こんな感じなのかしら?
と少し思ってしまった(笑)。
そのくらい、すっかり忘れてた。
あまりにも、たくさんの料理が出てきて、胃袋が二つ欲しい。と水俣では思いっぱなしだった。
このそうめん、出汁がよく利いていて、とてもおいしい。
子供の頃、福岡に住んでた頃は、夏に母の田舎に帰るたびに食べてた味だった。
小学生を最後に、水俣に行ってなかった私は、すっかりこの味を忘れてた。
でも、食べて思い出すなんて…なんか食べ物の記憶って、別の引き出し入ってるのかも。
懐かしの「ぶたのおばちゃん」の味だった。
大人になってしまい、子供の頃に呼んでた名前で呼ぶべきか・・・・、少し迷ってしまったけど、(しかも、もう太ってはなかったし)私にとっては、いつまでも「ぶたのおばちゃん」なので、愛着をこめて、そのまま呼ばせて頂きました。
名前変更ってなかなかできないですね。
美味しかった。ごちそうさま。
水俣弁が難しくて・・・。これまた子供の頃におばあちゃんが、何言ってるのか90パーセント分からなかったことも思い出した。
それにしても「田舎のご飯」は、体にいい感じがすごくする。
いつか田舎に住むぞ!!車の免許とらなきゃ・・・・・。
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フィレンツェにはない(私の知る限り)道端にポンとある無料の公衆トイレでした。
かわいいでしょ?
さすが陶器の町。イタリアのチェントロチェラミコ。
なんだけど・・・・大会で使ってた粘土、全部、モンテルーポ産の粘土だった・・・・。
これには皆で謎。
”ここ、陶器の町なのに、なぜ、モンテルーポから粘土を運んでいるのだろう?”
”陶器の町って、普通、粘土が採れるとこなんだよね?”と・・・。
人が・・・・と思ったら、粘土君だった。(こっちは男って事のようですね)
私は女なので、こっちへ・・・。
夫を亡くしたイスラムの女の人のように、黒ベールをかぶってた建物。
かわいい、立体タイル大好き人間としては、ちゃんと横からも撮りました。
花の首飾りをしたオジサンたち。
街灯の上には必ずライオンさんがいた。
広場のとこにあったバールのアイスクリーム。
ラッテブリュレと、リコッタいちじくがおいしかった。
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すっかり学校が忙しかったり、ファエンツァ行ったりで、九州の続きが久しぶりになってしまいました。
鹿児島県の”曾木の滝”に行った時の写真です。
「曾木の滝」という名前がなかなか覚えられなくて。
「どこに行ったの?」と福岡のいとこに聞かれ「東洋のナイアガラ」というと「ああ、曾木の滝」
と、九州内では、有名のようです。
水俣は、熊本県の端っこなので、そんなに時間がかからず、つきました。
午前中は、曾木の滝。昼は水俣に戻り、湯の児でご飯を食べようと、少し見学の後、引き返しました。
お猿が、駐車場にいました。
今思えば・・・・キアラの好物のムラサキイモチップスは、ここで探せたのかも・・・・・。
結局、横浜では買えず、カラムーチョを買って帰った私。
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使った轆轤はこれ。
学校のロクロより少し小さい。
参加者が作るのは、2種類。男の人は9キロの粘土で、円柱を。7キロの粘土で、深皿を。
競うのは大きさです。
でも円柱の場合、20センチの幅を保ってないといけない。それができなければ、失格です。
制限時間は両方とも30分。
女子は、皿も円柱も6キロです。
実は私、5キロくらいまでしかやったことがなく、本当にぶっつけ本番。
しかも、力もないし、手も小さい。「ま、皆で来ることも、もうないし、イタリアで大会に出ることも、もうないだろう。経験と思い出作りの軽い気持ちで開き直って参加しよう。」と参加したのでした。
案の定、6キロ粘土、中心に持っていくのに、約25分ほどかかってしまった。
もっと時間があればー・・・。とは思ったけど、ま、いいか。と。
粘土で汚れた足を洗ってるときに、男の人の決勝戦まで行った人が話しかけてきました。
「力無いのだから、3キロ、3キロで分けて2回に重ねて、中心に乗せるべきだよ。それか、5キロに減らすとかさ。(規定6キロなので、それは無理なのでは?って思ったけど)、君なら、もっと伸ばせたでしょ?もったいないよ。中心に乗せるのにあんなに時間かけてたら。」
誰か知らない人が、私が轆轤回してるのを見ていて、アドバイスしてくれるなんて初めてのこと。
なんか不思議な感じ。
見知らぬ女の子も「チャオ、シホ、来年も出る?私も出るから来年も逢いましょう。」と。
彼女背番号で、皆の名前を把握してたみたい。すごい。
司会者の人も「来年も出てね。ブラヴァーだったよ!」と。
なんか、意外にも楽しかったので、来年も出ていいかなぁ…なんて気分になった。
でも、来年はもっと、きちんとした出場者として出たいけど・・・。(苦笑)
写真はすべて、男の人の戦いのものです。
この大会で、ウザイさんに会いました。
学校での授業の教材のヴィデオでしか、しか見たことのなかった、ウザイさん。
「君たち、写真撮ろう!」と写真を撮った後に「サルデーニャに帰って、日本人と写真撮ったといっても、孫は信じないんだろうな・・・」と。
サルデーニャのおじいさんなのね。
と、その時は誰だかわかってなくて。
あとから、キアラに聞いて、「あの伝説のロクロ職人のウザイさん?!」と知ったのでした。
ウザイさんは今回、出場してなかったけど、過去8回も優勝してる、すごい人。
ちなみに娘さんも、女子の部で何回も優勝してる。
確かに、ウザイさんに教えてもらえれば、怖いものなしかも。
でも、私、この大会で、轆轤を回してる間、パオロの教えが頭をぐるぐる・・・と。
パオロに習えて本当に良かった。パオロに感謝を改めて感じたのでした。
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ファエンツァに来るといつもチェックしてしまう、うねる木。
だから、ついつい見入ってしまいます。
でも写真撮ったのは初めて。
いつも写真じゃ、このすごさがわからないので、諦めていたのです。
そして、ホテルから、友達が泊まってるホテルに向かう途中に見た、ふしぎな花。
なんて名前の花なのか、日本にもあるのか、さっぱりわかりません。
結構な大きさなので、植木鉢では育てるのは、無理ですね。
でも、種は普通の大きさでした。
そして・・・・、これなんだろう。
陶器博物館の入口にある木です。
堅い、だから、触ると痛いのです。レゲエの人の頭のように、四方八方に広がってる。
てっぺんには栗のようなものが・・・・。
何の木だろう・・・。
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この大会、参加者はホテルと、その日の夕食を、世話してもらえるのです。
私は、タダ泊りのホテル。まったく期待してなかったのですが…、これが普通に良かったので少しびっくり。
泊ったのはここ。
しかもバスタブが付いていて、日本人の私たちは「わーい、わーい、今夜はお風呂ね。」と、ホテルに期待してなかっただけに、大喜び。
アンティパストからドルチェまで、おなかいっぱいになったのでした。
プリモ。
そして豚さんの丸焼き。
2匹焼かれてた。沢山の人だったので。
ポルケッタが一番おいしかった。
閉めは、パンナコッタでした。
そして女性には、ガーベラを、プレゼントしてくれて、かわいかったので写真を撮りました。
フィレンツェまで持って帰れないので、翌朝、ホテルのレセプションのシニョーラに、プレゼントしたら、とても喜んでくれた。
お花は、皆を幸せにしますね。
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無謀にも、轆轤の大会へ出場するためです。
実は、私とAさんは「そんな・・・とんでもない」と出る気は全くなかったのだけど・・・・、皆に、「プロビアーモ」と言われ・・・・・。
ま、いいか。と、参加。
このファエンツァ。ガヴィは、夜に3時間くらい、いたことがある。私、2,3回来ている。以外は、皆、初めてこのファエンツァに来たらしい。
私が、前回来た理由は、陶器博物館を見に・・・・なんです。
そしてそのあとも、その陶器博物館でやってる展示会を見に・・・・。なので、ここはつまり、陶器の町。ここの陶器博物館は多分、イタリア一、有名で、大きいのではないかと・・・思われます。(未確認情報)
ここは、見るのにも時間がかかるので、初めての人は、3,4時間は見ておいたほうがいいかも。
しかも、ゆっくり見るとなると、もっと時間がかかります。
相変わらず、ファエンツァの町は・・・・、乾いてました。
着いたのが昼時で、メルカートのかたずけをしてるくらいの時間。
建物とかは、フィレンツェと違うので、違う土地に来たなぁと、しみじみ。
こんなに、さびれてるんだから…。もっと街おこし作戦しないと!!!と、余計なお世話ばかり考えてしまった。
この辺、エミリアロマーニャは食べ物もおいしいし、こんなに大きなムゼオもあるのだから、もっといろんな人に来てもらわなきゃ!
街も潤わなきゃ!!
観光客が、もっと来るようにしなきゃ!!!
と余計なお世話ですね。
でも、日本人だからなのか・・・Aさんと私は、そんなことばかりを話してたのでした(笑)。
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熊本、健軍の伯母さん夫婦の家へ・・。
正確には23年ぶり(?)にお邪魔しました。
ちなみに、九州は柑橘系の種類が多いです。
私は、12歳まで福岡に住んでました。父親の転勤で、横浜に引っ越して、「当たり前にあった、果物がこっちでは手に入らないのね・・・・。」
どっちかが、ポンカンです。
忘れてしまいましたが・・・。
見分けがつかないのに、伯母さんは、さすが、見分けがつくようです。
夜は、伯母さんの作ったコロッケをいただきました。カボチャとジャガイモ、どちらもおいしかった。
イタリアにいると、なかなか、カボチャのコロッケはしないのです。
日本のような”クリカボチャ”があまり手に入らないから。
ホクホクでないと…コロッケにはなりません。
この後、馬刺しも、食卓に出てきました。
嘘みたいだけど、熊本では、スーパーとかでも、馬刺しを普通に売ってるようです。
地方によって、「イナゴ」が普通にスーパーに売ってたり、「馬刺し」だったり、おもしろいですね。
横浜の特色は何だろう?
と考えてみたけど、もはや当たり前すぎて、よくわからない。
そして・・・日本のイチジクは大きいなぁ。
この日の夜は、従兄にも久々に再会。
奥さんと娘さんにも、初めてお会いしました。
従兄とは、福岡に住んでたときに、家が近所だった時期があります。
この伯母家族が、熊本に引っ越ししてから、しばらくして、久しぶりに従兄に会ったら「熊本、以外どこにも、住まない、一生熊本にいる。」と言ってたのが、すごく印象に残っていて・・・。
そのあと、私たちは、父の転勤が東京に決まり、「私は、絶対、東京なんか行かない。福岡に一生住む!!」なんて言ってたのです。
ああ、あの”熊本に一生いる!!”って気持ちわかるわー。などと、思いながら。
それが非力な子供だったがために・・・・、親に連れられ・・・横浜へお引っ越し。
”もし、父親が転勤にならず、福岡にずっといたら?”
”もし、父親が、あの時の、安住の地を横浜にせず、東京にしてたら?”
私の今は、変わってたのだろうか?と考えることがあります。
福岡にずっといたら…・私は今も福岡にいる気がする。
福岡が世界で一番と、ずっと福岡にいたんだろうな。と思います。
それだけは間違いないなと。
でも、横浜に住んで、1年もしたら、横浜も大好きになったので、「住まなきゃ、良さは分からない」と思ったことが、この「住みたい病」を、勃発させたのかも・・・・。
そして、結果、こんな遠くに住んでるのかも・・・・?
なんて・・ちょっと考えたのでした。
でも、福岡。
この“河童の滝”だけでした。
見た瞬間「これ知ってる!!!覚えてる!!」
って。
でも、水は流れてなかった。
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チンチン電車に乗りました。
チンチン電車というものに、あまりなじみのない私。
私が子供の頃の福岡にはあったような気がしたのだけど…すぐバスや地下鉄になってしまったような気が・・・・。乗った記憶が、確かかわかりません。
昔はフィレンツェにもあったようです。
フィレンツェに旅行で初めて来た24の時、石畳に電車の線路の跡があったので、排除されてすぐのころだったのかも。
今は全部バスになり、そして今、また、電車の線路を何年か前からひいてる・・・。でも、開通はいつになることやら・・・。
なんでこんなに、はいだり、ひいたりすんだろう、と学校のみんなで謎に思っていた。
どこまで乗っても150円らしいです。
熊本城が見えました。
電車の中からなのでよく見えませんが、真ん中の電車の上の位置にあるのがそうです。
熊本城は、私にとって縁起のいいお城。
お金を拾ったり、お花見の人からお弁当をもらったり・・。
子供のころ以来、行ってないので行ければ良かったのだけど、ハードスケジュールのため、それはまた次回。
これが乗ってきたチンチン電車。
アンティーク仕様ですね。
いろんなタイプのものがあり、おもしろかったです。
でも、一番かわいかったのは、これでした。
この日、私たちは、久留米から熊本に来たのだけど・・・・熊本の暑さったら・・・。
わかってはいたけど、やはり、すごい。「そうだ。子供の頃、熊本で蜃気楼を見た!」と・・思い出しました。
アスファルトの道路の上に、ぼんやりした街並み。
そのくらい暑いのです。
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